企業が外部のエンジニアを活用する際によく選ばれる契約方式に、SIerとSESがあります。どちらもシステム開発を目的としていますが、契約形態や責任範囲、費用の考え方は大きく異なります。ここを誤解すると、予期せぬコスト増加や品質低下、さらには法的リスクにつながるでしょう。

この記事では、SIerとSESの仕組みや契約上の特徴を比較し、DXやクラウド移行といった最新プロジェクトにも対応できる契約選択の視点を解説します。

SIerとSESの違い

SIerとSESはいずれも外部リソースを活用する契約方式ですが、契約形態や責任範囲は大きく異なります。理解を誤ると、品質やコストへの悪影響に加え、法的リスクに発展する可能性があるのです。

ここでは、発注企業が契約選択を誤らないために、両者の基本的な違いを以下の観点から整理します。

  • SIerとSESの基本を押さえる
  • 違いを生む要因を理解する
  • 発注企業が抱える課題

SIerとSESの基本

SIerは請負契約に基づき、要件定義から運用までを一括で担い、成果物の品質に責任を負います。SESは準委任契約で、エンジニアの稼働を提供する形態であり、成果物責任は発注企業に残ります。そのため、SESを利用する際は発注側に進捗・品質管理の体制が欠かせません。

例えば、 基幹システム刷新をSIerに委託した企業では品質保証まで任せられました。一方、クラウド移行をSESで進めた企業は専門人材を確保できたものの、管理不足で追加コストが発生しました。

契約方式 契約根拠 発注側の役割 責任範囲 特徴
SIer 民法632条(請負契約) 要件定義後は委託し、成果物を検収 成果物の納品・品質保証 一括委託が可能で安心感がある
SES 民法643条(準委任契約) 進捗・品質管理を自社で実施 業務遂行の責任、成果物責任は発注企業 柔軟に人材確保できるが管理体制が必須

違いを生む要因

両者の差を生む要因は、契約根拠と指揮命令権の所在にあります。これを誤解すると、偽装派遣や契約不適合につながりかねません。

例えば、 SES契約下で発注企業が直接エンジニアに指示を出すと、派遣とみなされ是正対象になるケースがあります。

項目 SIer SES 誤解した場合のリスク
契約根拠 民法632条
(請負契約)
民法643条
(準委任契約)
法的解釈の誤りで契約不適合
責任範囲 成果物の完成・品質保証 業務遂行、成果物責任は発注企業 品質保証が発注企業に偏る
指揮命令権 SIerがエンジニアを管理 SES企業が管理、発注企業は直接指示不可 偽装派遣と判断されるリスク

発注企業が抱える課題

発注企業が直面しやすい課題は次の通りです。

  • SIer:要件定義から運用まで任せられる安心感がある一方、コストが高く、進捗が見えにくい
  • SES:柔軟で費用対効果は高いが、成果物責任が発注企業に残るため管理体制が欠かせない

例えば、 SESを利用した企業で成果物定義を曖昧にした結果、品質保証が発注企業に偏り、追加費用や納期遅延を招いたケースがあります。逆にSIerに依頼した企業では、要件変更ごとに再契約が必要となり、予算を大幅に圧迫した例もあります。

項目 SIer SES
契約形態 請負契約 準委任契約
主な課題 コスト高、進捗が見えにくい 成果物責任が発注企業に残る
リスク 追加契約で予算超過 管理不足で品質低下・納期遅延

SIerとSESの契約形態と法的背景

SIerとSESは、根拠となる法律と契約条項の扱いが異なります。契約形態と責任範囲、費用の出方を正しく押さえないと、成果物責任や追加費用をめぐる齟齬に発展しかねません。

ここでは制度面から違いを整理し、契約実務で注意すべきポイントを示します。

  • SIerの請負契約
  • SESの準委任契約
  • 労働者派遣法との関係

SIerの請負契約

SIerは民法632条に基づく請負契約で、完成物の納品と品質保証(瑕疵担保)を負います。要件変更が発生すると再契約や追加費用になりやすく、見積り条件と変更手順の明文化が不可欠です。

例えば、要件の出戻りが多い案件では、変更管理の合意が甘いと予算超過に直結しやすいといえます。

SIerの請負契約の要点は、次の通りです。

項目 内容
契約根拠 民法632条(請負契約)
費用発生 成果物単位で発生
責任範囲 完成物の納品と品質保証
瑕疵担保責任 契約に基づき修補や損害賠償の義務が発生
特徴 要件定義から運用まで一括委託が可能

※瑕疵担保責任とは、納品された成果物に欠陥があった場合に、受託側が修補や損害賠償に応じなければならない法的責任を指します。

SESの準委任契約

SESは民法643条に基づく準委任契約で、稼働(業務遂行)に対する責任を負います。成果物責任は発注企業側に残るため、範囲定義・検収方法・変更管理を契約で具体化しましょう。

例えば、成果物の完成を事実上求める運用にすると契約不適合にあたり、追加調整が重なりやすくなります。

SESの準委任契約の要点は、次の通りです。

項目 内容
契約根拠 民法643条(準委任契約)
費用発生 稼働時間に基づき発生
責任範囲 業務遂行に対する責任、成果物責任は発注企業に残る
瑕疵担保責任 原則として発生しない
特徴 柔軟に人材を活用できるが、契約範囲の曖昧さはリスク要因

準委任契約では成果物の完成義務を負わないため、瑕疵担保責任は原則として適用されません。責任はあくまで業務遂行に限定され、成果物の品質保証は発注企業が担う点に注意が必要です。

労働者派遣法との関係

SIerやSESは民法を根拠とした契約方式であり、労働者派遣法の枠組みとは異なります。派遣契約では派遣先企業が直接労働者を指揮命令できますが、SESでは受託企業が管理を担うため、発注企業が直接指示すると偽装派遣と見なされるおそれがあります。この線引きを理解しないと、法令違反や是正指導につながりかねません。

例えば、 発注企業がSES契約下でエンジニアに直接タスクを割り振った結果、実態が派遣に近いと判断され、是正指導を受けたケースがあります。契約段階で指揮命令権の所在を明記し、窓口を一本化しておくことが防止策となります。

項目 派遣契約 SES(準委任契約)
契約根拠 労働者派遣法 民法643条
指揮命令権 派遣先企業が直接行使 SES企業が管理、発注企業は直接指示できない
費用発生 労働時間に基づく 稼働時間に基づく
責任範囲 派遣元が雇用管理を担う 成果物責任は発注企業に残る
違法リスク 派遣法違反 偽装派遣と見なされる可能性

SIerとSESはどんな案件に向いているか

SIerとSESは契約形態や責任範囲が異なるため、向いている案件の種類も変わります。大規模で要件が明確な開発はSIer、変化が速く専門スキルが必要な案件はSESが適しています。案件の特性を見極めて使い分ければ、コストやリスクを抑えられるはずです。

例えば、 基幹システム刷新のように長期で品質保証が求められる案件は、SIerに一括委託した方が安心です。一方、クラウド基盤の短期構築やAI導入プロジェクトでは、SESを活用して専門人材を柔軟に確保した企業が成果を上げています。

案件特性ごとの適性は、以下の通りです。

案件の種類 SIerに向いているケース SESに向いているケース
基幹システム刷新 長期・大規模・要件が明確
クラウド移行 専門スキルが必要、要件が変動しやすい
AI/データ活用 新技術導入、短期PoCや試作開発
定常保守・運用 一括委託で長期安定運用 小規模な補強要員の確保

SIerとSESを選ぶときの判断基準

SIerとSESは契約形態に加えて、開発体制の設計や責任の持ち方にも違いがあります。SIerは要件定義から運用まで一括で委託できる「一括型」、SESは必要なスキルを補強する「支援型」として位置づけられます。

両者の特性を理解し、自社の案件に合った方式を選ぶことが、コスト増や品質低下を防ぐ第一歩です。

ここでは、次の観点から解説します。

  • SIerのメリット・デメリット
  • SESのメリット・デメリット
  • 混合モデルで柔軟に対応する

SIerのメリット・デメリット

SIerは請負契約に基づき、要件定義から運用までを一括で任せられる点が強みです。完成物に対して責任を負うため、品質保証を求める案件では安心感があります。一方で、要件変更や進捗管理の難しさから、柔軟性やコスト面では課題となりやすいのが実情です。

例えば、 基幹システム刷新をSIerに委託した企業は、品質保証込みで開発を進められた一方、途中で要件変更が多発し、追加契約によって予算が膨らんだケースがあります。

項目 メリット デメリット
委託範囲 要件定義から運用まで一括委託可能 追加要件があると再契約・追加費用が必要
品質責任 成果物に責任を負い、品質保証を得やすい 進捗状況が見えづらく管理が難しい
社内への影響 リソース不足でもプロジェクト遂行が可能 ノウハウが社内に蓄積しにくい

SESのメリット・デメリット

SESは準委任契約に基づき、必要なスキルを持つエンジニアを柔軟に確保できるのが強みです。特定分野の知識や外部ノウハウを導入でき、社内チームにナレッジを蓄積しやすい点も評価されています。

ただし、成果物責任は発注企業に残るため、契約範囲を曖昧にすると追加費用や納期遅延につながりかねません。

例えば、 ある企業はクラウド移行をSESで進め、専門スキルを迅速に導入できましたが、成果物定義を曖昧にしたため、最終的な品質保証を自社で抱え込み、追加コストが発生しました。

項目 メリット デメリット
人材確保 必要な期間だけ柔軟にエンジニアを確保可能 契約範囲が曖昧だと追加費用が発生
専門性 特定分野の専門知識や外部ノウハウを導入できる 成果物責任は発注企業に残る
社内効果 社内チームにナレッジを蓄積しやすい 発注企業が直接指示すると偽装派遣リスク

混合モデルで柔軟に対応する

SIerとSESは対立するものではなく、併用することで柔軟な開発体制を構築できます。要件定義や基盤設計はSIerに委託し、詳細設計や保守はSESで補強するなど、役割を分けることで効率性と柔軟性を両立できます。

例えば、 大規模システム刷新をSIerに任せつつ、クラウド移行や追加開発をSESで進めた企業では、品質を確保しながらスケジュールを短縮できたケースがあります。

活用方法 SIerの役割 SESの役割 効果
ハイブリッド活用 要件定義や基盤設計を一括委託 詳細設計や保守を補強 品質と柔軟性を両立
段階的活用 大規模刷新を担当 小規模開発やPoCを支援 コストを抑えつつスピード確保
長期+短期 長期プロジェクトを主導 長期プロジェクトを主導 リソース不足を解消

SIerとSESの契約・運用で注意すべきリスク対策

SIerとSESはいずれも有効な契約方式ですが、契約内容や運用方法を誤ると、予算超過や品質低下、さらには法的リスクに直結しかねません。リスクを最小化するには、契約前のチェックと運用段階での管理体制が欠かせません。

ここでは、発注企業が押さえておくべき具体的なリスクと対策を見ていきましょう。

費用構造のリスク

SIerとSESは費用の算定方法が異なるため、契約内容を誤解すると想定外のコスト膨張につながります。SIerは成果物単位、SESは稼働時間単位で費用が発生するため、それぞれ特有の注意点があります。ここでは、両者の費用構造の違いと発注企業が直面しやすいリスクを整理します。

SIerの場合

SIerは成果物単位で費用が発生します。要件追加が繰り返されると再契約や追加費用が必要となり、当初予算を大幅に超過しかねません。

例えば、 ECサイト刷新をSIerに依頼した企業では、仕様変更のたびに再契約を行い、最終的に当初予算の1.7倍まで膨らみました。

SESの場合

SESは稼働時間単位で費用が発生します。進捗管理を怠ると稼働が長期化し、想定以上のコスト増に直結します。

例えば、 クラウド基盤構築をSESで進めた企業は、当初3か月の予定が半年に延び、費用が2倍に達しました。

責任範囲のリスク

SIerとSESは責任の持ち方が大きく異なります。SIerは成果物の品質に責任を負う一方、SESは稼働に責任を持つだけで、成果物責任は発注企業に残ります。この違いを誤解すると、不具合対応や追加コストを誰が負担するのかをめぐってトラブルになりかねません。

SIerの場合

SIerは完成物に対して瑕疵担保責任を負うため、不具合が出ても契約範囲内であれば修補対応が可能です。ただし保証範囲を契約で明確化しておかないと、追加対応で費用が増すリスクがあります。

SESの場合

SESはエンジニアの稼働責任にとどまり、成果物責任は発注企業に残ります。契約で検収基準や成果物定義を曖昧にすると、品質保証を自社で抱え込むことになりかねません。

例えば、 金融系企業がSESを利用してシステム改修を行った際、不具合対応をすべて自社負担とし、追加コストとリリース遅延を招きました。

運用上のリスク

契約形態だけでなく、実際の運用方法を誤ることも大きなリスクにつながります。特に労務管理や情報セキュリティは外部人材活用の場面で問題が起こりやすく、対応を怠ると法令違反や情報漏洩の原因になりかねません。

ここでは、企業が注意すべき代表的な運用上のリスクを整理します。

労務管理

SES契約下で発注企業が直接エンジニアに指示すると、偽装派遣とみなされるリスクがあります。窓口を一本化し、契約で指揮命令権を明記することが重要です。

セキュリティ

外部人材を活用する場合、情報漏洩のリスクが高まります。NDAの締結、アクセス権限の制御、定期的なセキュリティ教育を徹底しなければなりません。

SIerとSESのリスクを最小化するための対策

SIerとSESの契約や運用では、費用膨張・責任の曖昧さ・労務やセキュリティ不備といったリスクが発生しやすいです。これらを回避するには、契約前のチェックと運用体制の徹底が不可欠です。以下に、発注企業が確認すべき代表的な対策を整理します。

観点 確認すべきポイント 実施例
契約前の精査 法務部門による契約内容のチェック 契約条項をレビューし、不明点を事前に解消
費用管理 要件変更・稼働超過に備えた条件設定 追加要件の合意書、稼働時間の可視化ツール導入
責任範囲 成果物定義や検収基準を明文化 契約書にSLAや検収方法を明記
労務管理 指揮命令権の所在を明確化 SESでは窓口を一本化、直接指示を避ける
セキュリティ 情報漏洩リスクへの対策 NDA締結、権限管理、定期セキュリティ研修

例えば、 SES契約で成果物定義を曖昧にした企業では、不具合対応をすべて自社負担とし、想定外のコスト増に直面しました。逆に、契約段階でSLAや検収基準を明文化した企業では、追加費用や責任の押し付け合いを回避できています。

発注企業はこれらの項目を契約前後で必ずチェックし、リスクを未然に防ぐ仕組みを整えることが求められます。

SIerとSESの違いを理解して自社の信頼と成長を守ろう

SIerとSESは契約形態や責任範囲が異なり、理解を誤るとコスト増加や法的リスクにつながります。請負契約のSIerは成果物責任を担い、準委任契約のSESは稼働責任を負うという根本的な違いを押さえることが重要です。自社の案件に合った契約を選び、契約書やSLAで責任分担を明確にすることで、リスクを抑えて安定した人材活用が可能になります。

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